9月に入り、夏映画の新作ラッシュも落ち着きました。今年も数々のヒット作が生まれています。
シリーズ最高興収を叩き出した『キングダム 大将軍の帰還』や、今年の洋画ナンバーワンの成績となった『インサイド・ヘッド2』、ロングラン間違いなしの名作が続々公開されたこの夏、ひときわ輝きを放つ2作品がありました。
それが『ラストマイル』と『ルックバック』です。この2作品のヒットは、この夏の映画興行におけるちょっとした「事件」ではないかと思います。
この2作品のヒット要因を当社なりの分析をしてみたいと思います。
間口の広さで大ヒットを記録した『ラストマイル』
(C)2024 映画『ラストマイル』製作委員会
8月23日、『ラストマイル』が公開されました。公開されるやいなや、飛ぶ鳥を落とす勢いで大ヒット。オープニング3日間で動員66.2万人、興収9.7億円の大ヒットスタートを決め、3週連続週末動員ランキング1位を記録、9月8日現在で興収30.2億円を突破するなど快進撃を続けています。
この成績は、今年夏の邦画実写作品では、7月12日公開の『キングダム 大将軍の帰還』に次ぐ成績であり、この調子で推移すれば興収50億円超えも視野に入るほどです。
さて、『ラストマイル』は、TVドラマ「アンナチュラル」、「MIU404」と世界観を共通した「シェアユニバース」作品となっています。ただし、ドラマの続編ではありません。各ドラマの主要キャストが登場しますが、あくまで映画単体で成立するオリジナル脚本作品となっています。
近年の映画ヒット作は、シリーズもの大作(前述の『キングダム』シリーズもそうですね)やTV番組の続編やスピンオフが多く、単発作品でここまでの大ヒットは珍しくなっています。しかも、この作品では口コミでじわじわと伸びたわけではなく、初速から高稼働しています。そういった意味でも、この大ヒットは異例のことです。
『ラストマイル』の客層は女性寄り。これは監督が『わたしの幸せな結婚』など、女性向けでヒットしたタイトルの監督である塚原あゆ子監督、TVドラマ「アンナチュラル」、「MIU404」の視聴者層とも関係あるかもしれません。年齢は全世代に拡がっていますが、特徴的なのは、いわゆる「お仕事もの」寄りのサスペンス映画としては珍しく、10代20代の客層も多いことでしょうか。
これは、本作の舞台が「巨大ECサイトの物流倉庫」となのと、無関係ではないと思います。ネットネイティブ世代の若年層にとって、通販サイトはなじみ深い存在です。そんな題材の身近さが、『ラストマイル』への興味につながったのではないでしょうか。
しかも、非正規労働や正社員の過密労働、下請けへの過剰な負担など、社会問題を正面から描いた作品でもあります。そういった共感を呼ぶ題材であったことが、幅広い年代から支持された理由となっているのでしょう。
上記は『ラストマイル』を鑑賞した人々が他にどんな作品を観ているのかを示したデータです。『夜明けのすべて』、『青春18×2 君へと続く旅』、など、決して大型作品ではないですが作品評価の高い作品が上位となっています。一方で、『ミステリと言う勿れ』、『キングダム 大将軍の帰還』といった話題作も並びます。ヘビーユーザーも、ライトユーザーも、幅広く鑑賞していることがうかがえます。この間口の広さが、大ヒットの要因と言えそうです。
また、『ラストマイル』の現象で面白いところは、本作が8月の後半の公開、言ってしまえばお盆休みの最も人が入る時期を過ぎてから公開された作品という点です。夏の大型作品は、夏休み・お盆休み中に動員する想定で、7月中旬から8月上旬公開となる作品がほとんどです。その中で、いわゆるかき入れ時にロングランする想定で出された作品ではないのです。そんな作品が初速で記録的な成果をあげたことは「事件」と呼んでいいと思います。今後のオリジナル脚本作品の、指針となる作品になりそうです。
『ルックバック』は邦画アニメ業界の常識を変える作品だった
(C)藤本タツキ/集英社 (C)2024「ルックバック」製作委員会
もうひとつ、この夏を象徴するヒットとなったのが6月28日公開の『ルックバック』です。
TVアニメ化もされた人気コミック『チェンソーマン』の作者である藤本タツキ氏が発表した同タイトルの読み切り漫画を原作にした本作は、漫画家を目指す二人の小学生が出会い、成長し、別れていく青春の軌跡を描いています。口コミでの評価も高く、話題が沸騰。公開当初の上映館はわずか119館という小規模公開からはじまり、人気が高まって上映規模が拡大。9月8日現在、興収18.7億円を超える大ヒットとなり、現在もロングランを続けています。
本作の特徴として、54分と上映時間が短いことがあげられます。上映時間が短いことで、映画館側から見ると「1日の上映回数を多く設定することができる」タイムパフォーマンスにすぐれた作品となるのです。また、観る側にとっても、何度観ても負担が少ないリピートしやすい作品であるといえます。近年のヒット作では、リピーターの獲得が非常に重要となっていますので、そういった意味では『ルックバック』は非常に観やすい作品であったといえます。
上記画像は『ルックバック』の公開2週間の来場客層データです。客層は男性寄り。特に10代20代の若年層が多く訪れていることがわかります。この客層は、原作コミックの『ルックバック』が、SNSで「バズった」作品であることも関係していそうです。もともと、原作者の代表作である「チェンソーマン」が若年層に人気なことに加え、「ルックバック」の原作が若年層を中心にSNSで大きく話題となりました。ネタバレになるので詳細は伏せますが、ある現実の事件を彷彿とさせる展開があったことも、大いに議論を呼びました。
映画『ルックバック』は、ほぼ原作通りの内容で進みます。もちろん、映像化することで強化された描写はありますが、上映時間54分の時間でもわかる通り、映画のためにストーリーを引き延ばすようなことはしていないのです。最近のアニメでは、TVアニメでも劇場版アニメでも、あまりアニメオリジナル要素を入れずに原作準拠を徹底する傾向にあります。本作でも、原作を大切にして丁寧に描写したことで、原作が「バズった」時の衝撃を映画の鑑賞者も追体験することができたのではないでしょうか?
また、本作は『ラストマイル』と同様に、TVアニメ作品の続編やスピンオフ作品ではなく、あくまで単体として独立した作品となっています。そういった点で、非常に「新規」が入りやすい作品なのです。原作ファン以外も取り込むことができたのが、ヒットの要因のひとつのように思います。
今回取り上げた2作品は、様々な要素が重なってこの夏を代表する印象的なヒット作となりました。シリーズものが強い流れがあった最近の映画業界で、単発作品であるこの2作がどこまで成績を伸ばせるのか、興味は尽きません。
2024年下半期の興行はどうなるのでしょうか? これからが楽しみですね!